月の記録 第54話


鉄の棺。
それは、ルルーシュの遺体を納めるために作られた、特別な棺だった。
ルルーシュは、自分が死ねば世界各地の主要都市にフレイヤが落ちると宣言していたため誰も手が出せずにいたが、ルルーシュに頭を垂れながらも第二皇子シュナイゼルと直轄の科学者たちは、その真偽の検証を続けていた。
いや、ルルーシュの言葉は真実という前提で、フレイヤとルルーシュがどのように繋がっているかを調べていた、という方が正しいか。

大きく分けるなら、二択。

ルルーシュがバイタルサインをフレイヤ発射システムに送信し続けていて、その信号が途切れた時に発射されるパターン。この場合は、ルルーシュが発信機をもち、フレイヤに受信機がある。

フレイヤから信号が送信されていて、ルルーシュのバイタルサインが消えたことを示す信号に接触した瞬間、発射するパターン。この場合は逆にルルーシュが受信機を持ち、フレイヤが発信している。


ルルーシュが発信器か、受信機か。
この2つは似ているようで違うのだという。
前者であれば、ルルーシュから発信されている電波をたどり、フレイヤシステムの核となる場所を探る事になり、後者の場合はその信号がフレイヤに届かないようにする方法を取ることになる。
そして、科学者たちが出した結論は後者だった。
この二択以外にもフレイヤから信号が発信され、ルルーシュのバイタルサインが認識されない。つまり、受信機が信号を受けられない状態になったとき発射されるパターンも考えられたが、この場合送受信に不具合が起きたときにはルルーシュはそれに気づけないし、対処のしようもなくなる。だから、この可能性はないとされた。


今まで調べた結果、ルルーシュ側から特別な信号は一切出ていない。
ならば、死後電波が発せられる可能性が極めて高い。

もし、フレイヤの件が事実だとするならば、ルルーシュの死後も電波が届かないようにすればいい。そこで用意されたのが、この鉄の棺だった。正確には鉄だけではなく鉛や特殊な金属も使われており、中からの電波を一切外部に出さないという化学班お墨付きの黒く重い箱。
作戦決行と同時にECMを起動、ルルーシュからの発射命令を遮断し、ラウンズ達は一斉にアヴァロンへと強襲をかける。ブレイズルミナスの破壊のため、全戦力を一点集中させ、内部へ突入、そしてモルドレッドが手にしている黒い棺に捕縛したルルーシュを押し込み、蓋を閉じる。その後すぐ棺内が毒で満たされてルルーシュは即死する。
それが今回の作戦の内容。
暗闇の中での窒息死より、毒殺をマリアンヌが望んだのだ。
抵抗されれば最悪、銃で撃ち、死ぬ前に棺に押し込むことになる。ならば発見次第銃殺すべきでは?という意見も出たが、ECMが働いている間は理論上死んでも問題はないが、できる限り安全な策をとることになっていた。

モニターには、演説をしているルルーシュが映し出されている。傍には床に座わらせたナナリー。紐で首を緩く締めあげられ、窒息の苦しみに顔を歪めるナナリーを、ルルーシュは嬉しそうに見ていた。
その姿に、マリアンヌは悲しげに顔を伏せ両目を閉ざした。

「・・・これより、ナナリー皇帝奪還作戦を開始します!」

力強い声とは裏腹に、その美しい瞳から一滴の涙が零れ落ちた。



モニターに、突然ノイズが走り、ブラックアウトした。
旗艦内の照明も点滅し、明らかに何かしらの異常が起きたのだと告げていた。

「なんだ、いい所だったというのに」

ルルーシュは苛立たしげに顔を歪め、大きく息を吐いた。
思わず締めあげてしまった妹の首に巻かれた紐緩めると、ナナリーは必死に荒い息を吐いた。よほど苦しかったのかその顔は赤く、その両目からは透明な滴が零れ落ちていた。
その時、激しい爆音が響き私、戦艦が大きく揺れた。

「攻めてきたか。ということはこの影響はECM・・・無駄な事を」

ルルーシュは即座に何かのスイッチを押した。すると、ブラックアウトしていた画面に再びルルーシュの姿が映し出された。
ブリタニアの化学班が全力を注いで今日の日のために用意したECMは、この時点で無力化し、いつでもフレイヤが地上に降り注ぐ事が可能となったのだ。

「私を甘く見たな。ECCMぐらい用意している。この程度のECMでフレイヤを防げるとでも思っていたとは・・・ほう、これはこれは元ナイトオブラウンズ勢揃いのようだ」

モニターに映し出された抵抗勢力を目にし、ルルーシュは目を細めた。
既に夜の帳が降りている、視界が悪いだろうにご苦労な事だ。
ククククク、と悪魔の笑みを浮かべながらナナリーを見た。

「お前は天才なのだろう?少しは打開策でも考えてみたらどうだ?このままでは3つ目のフレイヤが落ちるぞ?だが、いくら才能があろうと、こうして飼われていればその才能は芽を出すことは無いか?いい加減に反抗的な態度をとるのは止めることだ、ナナリー」
「お兄、様、は昔から、そうでした。枢木卿の才能もずっと押さえつけて」

キッと睨みつけながら、ナナリーは返した。
その瞳には強い生気が宿っており、この程度の事でこの心は折れはしないと言っているようだった。絞められたことでその白い首には鮮やかなほど赤いあざが浮き上がっていた。

「俺はな、憎いんだよ、才能のある者が。特にお前がな。俺がどれほど努力し、認めてほしいと思っても、お前には届かない。だから常に俺は無能呼ばわりされている。まあおかげでこうして陰で力を蓄える事が出来たんだがな。なかなかの才能だろう?」
「このような才能必要ありません。人をねじ伏せる力なんて」

はっきりと言い切る妹の強い瞳を前に、それまで冷笑を浮かべていたルルーシュの顔から笑いが消えた。

「そうか、必要無いか。私にそれを教えてくれた褒美に、フレイヤをくれてやろう」

再びにやりと笑みを浮かべたルルーシュに、ナナリーは顔を青ざめさせた。

「駄目!やめて!!」
「聞こえないな」

そう言って、ルルーシュは場所を口にする。

「そうだな、こんな夜中に都市を消して言っては面白くはない。ああいう標的は、太陽の光の下で消す方が面白みがある。・・・では、サハラ砂漠に大穴をあけてやろう。砂漠化が深刻なのだろう?ならば、その砂を少し消してやろう。おれは、やさしいからな」
「止めて!お兄様!これ以上罪を重ねないで!!」
「罪?何を言っている、これは 裁きの光だ。私が罪を犯しているのではない、罪を犯したモノを、私が裁いているのだ」

その言葉の通り、砂漠の上に巨大な光の球体が姿を現した。

「折角広いのだから、リミッターを解除してみた。さて、どのぐらい大きな穴が開くのか・・・」

俺も初めて見るんだと、クツクツと笑う。
直径100kmにわたる巨大な光は、広大な砂漠に巨大な大穴をあけ、消え去った。衛生を通じ、破壊規模を確認したルルーシュは楽しげに笑った。

「クハハハハハハ!見ろナナリー!凄いぞ!これだけの大きさがあれば、ペンドラゴンも一瞬で消せる!どうする?次の標的は我が国にするか?ハハハハハ!」
「止めて!!お兄様!!もうやめて!!いやっ!」

涙を流しながら必死に止める妹の髪を鷲掴み、ルルーシュはナナリーの言葉を止めた。それば暴力で弱者を思い通りにする図そのもの。

「どうした?もう言わないのか?お兄様やめてと。ほら、言ってみろ?」

髪を掴みあげながら、ルルーシュは楽しげに言った時、艦橋が激しく揺れた。立っていられないほどの揺れで、ルルーシュはナナリーの髪を掴む手を離して椅子にしがみつき、ナナリーもその椅子にしがみついた。激しい揺れはなおも続き、巨大なモニターにひびが入る。やがてその音源・・・環境の右側面の壁にに大きなゆがみが現れ、何だ!?と思っている間にその壁は視界から消えた。

「・・・ランスロット・・・枢木か!」

壁の代わりに視界に映し出されたのは、真っ黒い空と前皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの騎士、ナイトオブセブンの白い機体だった。
無理やりこじ開けられた壁の穴から空気が流れ出し、気圧の変化で機体も大きく揺れ動いた。数分と経たず、自動操縦である程度揺れは収まったが、空気の流れは止められない。室温も下がり、呼吸も苦しくなってきた。
ランスロットと壁の隙間から艦橋内に入ってきたのは、予想通りナイトオブラウンズの制服を身につけたスザクだった。

「・・・フレイヤを恐れず、直接攻め込んでくるとはな、さすがだな」

ルルーシュはナナリーの腕をつかみ立たせると、その頭に銃口を突き付けた。ナナリーが逃げ出さないように、肩を抱きながらルルーシュは通路に続く壁の方へと歩みを進めた。

「殿下、お待ちください!」
「何を待てと?それよりもお前、私を馬鹿にしているのか?私は99代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである」
「・・・っ、失礼いたしました。陛下、お待ちください」

スザクは騎士の礼を取り頭を下げた。

「ふん、既にラウンズを解任されても尚、あの男に忠誠を誓うか」
「・・・陛下、自分は陛下の騎士です」
「ククク、現皇帝が私だから、私の騎士か?随分と尻軽な男だな」
「違います、自分は、幼いころよりずっと陛下の騎士です」
「懐かしい話だな、既に解任しているが?」
「それでも、自分は!」

ルルーシュはつまらないと言いたげに、銃を発砲した。それはナナリーの足元を狙ったもので、ナナリーはヒッと小さな悲鳴をあげた。スザクは目を見開き、なんでそんなことをと、信じられないと言いたげに顔色がますます悪くなっていった。

「下らない。そんな事を言うために、わざわざフレイヤの危険を冒したと?」

ナナリーに銃口を再び向けたルルーシュは、再び歩みを進めた。通路ではなく、スザクのほうへ。今の発砲で銃は本物だと確定した。下手な刺激はナナリーの命を奪うだろう。ルルーシュの歩みに合わせ、スザクは距離を取りながら後退した。

「・・・何を?」
「お前がここにいるという事は、ブレイズルミナスが破壊されたという事。そして他のラウンズが外にいるという事だな?このアバロンの推進機ももうじき機能しなくなるだろう。高度が落ちていることに気づいていないとでも?・・・となれば、答えは一つ。最高性能を誇るランスロットは私が貰う。お前たち二人はこのまま船と共に堕ちろ」


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ルルーシュの共犯者がいて、ルルーシュの死を知った後発射スイッチを押す。という流れは無しという前提です(忘れてた)

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